| “人の話を聞く”耳を持つ・・・2 |
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| つまらないかもしれませんが、前回の続き。 なんだか説教臭かったり、なんだか怪しい宗教団体の 演説とか講演に思えるかもしれませんが、興味のある方は (特に、日本語、“言葉”や“文字”に興味のある方) 読んでみてください。
※ 結局、小難しい話に分類しました。 ※ 文体を自分の書きやすいようにしましたので、 少々、言葉が汚いかもしれません。
“ジョハリの窓”・・・というものがある。 本来この用語は心理学(?)の世界の言葉で 対人コミュニケーションにおける、自分自身の理解に 関することを図でまとめたものだ。(自己見解)
実際の図と詳細は↓のリンクにて。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%81%AE%E7%AA%93
ここからの語りはこの“ジョハリの窓”を理解したとして続けていく。 面倒くさい方はここで読み止めるのが賢明だろう。
さて前回、自分は自分のサイトの掲示板の書き込みログを 読んで、とても心のに響いたと書いた。 そして、なぜココに響いたのかというと、私生活の変化の都合で “人の話を聞く”姿勢でいたことが理由だとも書いた。
これがどう、“ジョハリの窓”に繋がるのか・・・
“ジョハリの窓”が発見され、そして作り出された目的は 自分自身の発見、認知。そしてそれによる成長が大きな目的 だろうと自分そう見解している。
実際、大きな成功や才能を持つ人というのは、秘められた部分を大きく開花させた人や、 自分自身をしっかりと理解している人が多い。 自分を知らずにして、才は産まれず、活かされることはないというわけだ。
“ジョハリの窓”の理想形は4面全てを認識し、理解することなのだが、 実際は100%の理解は不可能なので自分が理解している部分の 総面積が大きければ大きいほどよいとされる。
しかし、この“ジョハリの窓”はあくまでも“対人コミュニケーション”における 形であり、自分ひとりで作り上げていくものではない。 そう、必ず誰か“他人”の目、または言葉が必要になってくるのだ。
しかし、他人の目や言葉を素直に聞けない。 即ち、“人の話を聞かない”状態、そういう“耳”でいると 自分の“ジョハリの窓”はいつまでたっても自分しか知らない、 または自分も相手も知っている部分しか開かれることはないのだ。
これによって一番損をするのは、間違いなく自分自身である。 どんな些細なものであっても、他人から向けられる目や言葉から の客観的な意見を無視していては、どんなに才能があっても、 それ以上の成長も見込めないし、頂点を掴み取ることはできないのだ。
さて、自分はあの書き込みのログを読んで、なんだか最近忘れていたことを 思い出すことができた。いや、ハッと気付かされたのだ。 自分自身では気付けないのに、“気付かさせる”ことができるということは、 それだけ、自分に向けられた客観的な意見というものは強力だということ。
“言葉”や“文字”の秘めるエネルギーというものは 我々の想像を遥かに超えるものなのかもしれない。
そして気付いたことを活かせなければ、受け取った客観的な意見も 無駄になってしまう。なので自分は、今回サイトの方で更新した分の 小説の後半部分は、感情や状態とリンクした情景描写を強く表現してみた。 何かこれで伝わることがあれば、そこから何かを感じ取ってほしい。
反響があってもなくても続きます。次回はこのまとめ+αで。 でわ。
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4月21日(土)22:00 | トラックバック(0) | コメント(0) | 小難しい話 | 管理
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| “人の話を聞く”耳を持つ・・・1 |
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| う~ん、PAS関連か小難しい話かどちらに分類しようか迷いましたが なんとなくPAS関連にします。
さて、このタイトルの言葉。
“人の話を聞く”耳を持つ・・・ですが
皆さん、一度はこの言葉を学校や家庭で聞いたことがあるでしょう。 この言葉の使用方法は、自分の言うことを聞かない相手に 向かって、叱責する時だ。即ち、上目線で相手に言いつける言葉。
学校や家庭では、すこし過激な表現ですが“服従”を 相手に望むときに使用されています。 まぁ、あまり印象のよくない言葉だと自分は思っています。
しかし、この言葉は日本語なので“認識”を少し改めれば とても素敵な言葉へと姿を変えます。そしてコレを胸に刻み込むと 更なる自分の成長や発見に繋がったりするのです。
今日の昼にあった話。 丁度、昼休みだったので自分のサイトの様子を見てみようと 検索エンジンで自分のサイトを調べることの出来る言葉を調べて 自分のサイトを見つけたときに、それは起こりました。
検索エンジンの結果表示に、自分のサイトの掲示板が表示されて いたので何の気なしにそこをクリックしてみようとした時、 そのページのどこに検索した言葉が含まれていたかを表示する 部分に、掲示板の書き込み内容が表示されていました。
“いつも思うんですが、風上風下様は風景と感情の描写が マッチしていて、読む側を登場人物の気持ちにさせてくれます。・・・。” 2006/11/04/(土) の書き込みより。
この書き込みに対しては芥川龍之介の模倣です。みたいな 返信をしたことをおぼろげながらも記憶していましたが その時は別のことで頭が一杯になっていたのか、 それとも、そういう風に褒められて自惚れていたのか。 言葉を次へと活かそうとか、心に刻もうとは思いませんでした。
しかし、今日の昼になってそれを読んだとき 最近、私生活に大きな変化があって“人の話を聞く”ようにしていた からでしょうか、とてもこの言葉が心に響きました。
長くなってしまいましたので、また次回・・・ でわ。
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4月17日(火)22:16 | トラックバック(0) | コメント(0) | 小難しい話 | 管理
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