風上風下の語りの日々・・・
 
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AIで楽曲を楽器やボーカルに分離する


2007年4月21日を表示

読解、PAS・・・1

PASという作品を自分のサイトで二次創作しているのですが、
自分で書いておきながら解りづらい部分が多いと思います。

その原因の1つに、“自分しか解っていないことを書く”というものが
あると思っています。というかそうです。

なので、それを補足しながらより多くの人にPASを楽しんでいただく為に、
それらの解読や、場面ごとの解説をしていきたいと思います。

思いっきりネタバレ(PAS上での)になると思いますので、
未読の方は(もちろん、二次創作元も)後注意ください。






読解 PAS




第1章 第1話 黒き鼓動のハジマリ

この話で理解してもらいたいあらすじは


1.レッドVSサカキの戦いが決着。(レッド勝利)
2.時間軸はFRRG(ファイアレッドリーーフグリーン)編。
3.決着後、レッドはサカキに導かれてサカキと共にどこかへと向かった。


以上3点です。
(原作との矛盾点や相違点については、後々に解説しますのでご安心ください。)

続いて、専門用語的なものを解説。

・フッシー:レッドの手持ちポケモン、フシギバナ。
詳細な情報は公式サイトを見ていただくか、ポケモン図鑑を参照してください。

・“ハードプラント”:草タイプの究極技(凄まじい威力を誇る技。)攻撃後、
その反動で動きが極度に鈍くなるデメリットを持つが、威力は半端ではない。
また、この技は限られたモンスターしかしようできない。(フッシーこと、フシギバナはそれに該当)

・大きな龍のようなポケモン:サカキのボスゴドラのこと。その姿や詳細は公式サイト、ならびにポケモン図鑑を参照のこと。

・男性:サカキのこと。サカキの情報は公式サイト、及び原作を参照。

・青年:ここではレッドのことを指す。レッドの人物像も原作及び公式サイトを参照。

・誰かの声:「必ず帰ってきてくださいね・・・」この声の主はトキワの森のイエロー。
彼女の情報も同じように原作や公式サイトにて。
ちなみにこの時、既にレッドとイエローはいい雰囲気だったようだ。


なぜ、レッドは敵であるサカキについていったのか。
これはレッドの言葉通り、サカキの知識と力がポケモンと人間の共生する
今の世の中で、もっと有益に活かすことができることをレッドが知っているからです。
その代わりにサカキの後継者になることが条件とされているが、
それを補っても余りあるくらい、サカキの持っている知識と力は
凄まじいものだという判断をレッドがしたからです。

また、レッドとサカキの会話については原作を参照してください。
とりあえずレッドとサカキが因縁の敵同士であり、お互いにお互いを高く評価しているということです。


こんな感じで続いていくかも・・・とりあえず、
続きは次回の講釈で・・・。(元ネタ知ってる人少なそうw)

でわ。



4月21日(土)22:44 | トラックバック(0) | コメント(0) | PAS関連 | 管理

“人の話を聞く”耳を持つ・・・2

つまらないかもしれませんが、前回の続き。
なんだか説教臭かったり、なんだか怪しい宗教団体の
演説とか講演に思えるかもしれませんが、興味のある方は
(特に、日本語、“言葉”や“文字”に興味のある方)
読んでみてください。

※ 結局、小難しい話に分類しました。
※ 文体を自分の書きやすいようにしましたので、
  少々、言葉が汚いかもしれません。



“ジョハリの窓”・・・というものがある。
本来この用語は心理学(?)の世界の言葉で
対人コミュニケーションにおける、自分自身の理解に
関することを図でまとめたものだ。(自己見解)


実際の図と詳細は↓のリンクにて。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%81%AE%E7%AA%93

ここからの語りはこの“ジョハリの窓”を理解したとして続けていく。
面倒くさい方はここで読み止めるのが賢明だろう。


 さて前回、自分は自分のサイトの掲示板の書き込みログを
読んで、とても心のに響いたと書いた。
そして、なぜココに響いたのかというと、私生活の変化の都合で
“人の話を聞く”姿勢でいたことが理由だとも書いた。



これがどう、“ジョハリの窓”に繋がるのか・・・



“ジョハリの窓”が発見され、そして作り出された目的は
自分自身の発見、認知。そしてそれによる成長が大きな目的
だろうと自分そう見解している。

実際、大きな成功や才能を持つ人というのは、秘められた部分を大きく開花させた人や、
自分自身をしっかりと理解している人が多い。
自分を知らずにして、才は産まれず、活かされることはないというわけだ。

“ジョハリの窓”の理想形は4面全てを認識し、理解することなのだが、
実際は100%の理解は不可能なので自分が理解している部分の
総面積が大きければ大きいほどよいとされる。

しかし、この“ジョハリの窓”はあくまでも“対人コミュニケーション”における
形であり、自分ひとりで作り上げていくものではない。
そう、必ず誰か“他人”の目、または言葉が必要になってくるのだ。

しかし、他人の目や言葉を素直に聞けない。
即ち、“人の話を聞かない”状態、そういう“耳”でいると
自分の“ジョハリの窓”はいつまでたっても自分しか知らない、
または自分も相手も知っている部分しか開かれることはないのだ。

これによって一番損をするのは、間違いなく自分自身である。
どんな些細なものであっても、他人から向けられる目や言葉から
の客観的な意見を無視していては、どんなに才能があっても、
それ以上の成長も見込めないし、頂点を掴み取ることはできないのだ。



 さて、自分はあの書き込みのログを読んで、なんだか最近忘れていたことを
思い出すことができた。いや、ハッと気付かされたのだ。
自分自身では気付けないのに、“気付かさせる”ことができるということは、
それだけ、自分に向けられた客観的な意見というものは強力だということ。


“言葉”や“文字”の秘めるエネルギーというものは
  我々の想像を遥かに超えるものなのかもしれない。


そして気付いたことを活かせなければ、受け取った客観的な意見も
無駄になってしまう。なので自分は、今回サイトの方で更新した分の
小説の後半部分は、感情や状態とリンクした情景描写を強く表現してみた。
何かこれで伝わることがあれば、そこから何かを感じ取ってほしい。




反響があってもなくても続きます。次回はこのまとめ+αで。
でわ。



4月21日(土)22:00 | トラックバック(0) | コメント(0) | 小難しい話 | 管理


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