| はだしのゲン |
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| 更新や掲示板の返信が滞ってしまってごめんさい。 ちょっと忙しかったり、執筆に集中したかったりなので もうしばらくお待ちください・・・。
さて、先日フジテレビ系列で2夜連続放送された特別ドラマ “はだしのゲン”について思ったことをちょっと書きたいと思います。 (その“はだしのゲン”に限って言える事ではないのですが・・・) 前もって断っておきますが、管理人は右翼的思想を持っている訳では ありませんし、戦争全体、ならびに当時の日本軍を肯定する訳では ないということをご理解ください。
また、興味のない方は読まないのが正解です。 ※視聴したことを前提として書いていきます。
戦中、あの第二次世界大戦という時代を生き抜いた家族の絆と 成長を描いた作品・・・それが“はだしのゲン”。 主としてそれが描かれているので、ああいった内容のドラマになるのは 正直しょうがないとは思う。
これは“はだしのゲン”という作品自体への疑問なのかもしれないけれど なぜ戦争を肯定した人々を、そして軍人たちを否定的に描くのだろうか?
苦しい生活を強いられた一般人たち。だがそれ以上に苦しかったのは 前線を支えた軍人たちだったのではないだろうか? 特攻隊に志願していった、徴兵されていった軍人ではないだろうか? 守る為に戦い、否定された軍人たちではないだろうか?
ゲンの父親のように、戦争に疑問を持ち戦いを否定することは 決して間違いではないと思うし、現実に間違いない。 けれどあの時、国民たちが戦うことを否定したら、今日の日本は この世には存在していないだろう。
戦争を続けたからこそ、原爆投下の悲劇が生まれた。かもしれない。 だけど、原爆投下を肯定するような発言を報道したり 自由な言論が許されていたり、今こうしてこの文章が読めるのも あの日、意地でも戦争を続けた日本の軍人たちが必死に守り通したからで
屈することなき強い意志と、遺志が今の日本を、現在社会を作り出したの ではないだろうか。 だから決して、あの時代で戦争に協力的だった人々を 否定したり、批判することはできないはずで、してはいけないことだと思う。
諸外国との外交問題になるからという理由で、靖国神社を参拝しないとか 原爆での死者、戦争での一般人の死者等はは毎年のように報道されるが 一度も放送されないし、殆どの情報が無い、戦闘での死者と帰還者の話。 何れも、本当は最も敬意を払わねばならない人々に対して、我々日本人は 敬意を払わず、批判だけをしてきた。
“従軍慰安婦問題” “南京大虐殺” “731部隊”
実際に問題はあった。しかし、その問題だけで議論せず 最後まで戦い抜いた功績と、命を散らしていった者たちになぜ 追悼をせず、感謝をしないのだろうか?
何度も書くが、ここで自由な言論をできるのは、この人たち 感謝も追悼もされない人々が日本を守ったからであり、 力無き人々の為に戦い、守るべき人々の為に戦い、また努力したからこそ 当時の日本は戦争という手段をとることができた。 (当時の世界全体の経済状況=戦争がおきた理由。)
戦争を肯定する訳ではないけど、今、戦争を反対できるのは たぶん敗戦したからで、逆に、戦争に勝利していたら、そんな意見は なかなかでなかったのではないだろうか? 敗戦国だから、戦争に反対するのだろうか? 本当に戦争を反対する想いというのは、そういうところから発生しては いないし、いけないと思うのだが。
本当の歴史というのは、その時の当事者以外は誰も知らない。 だから、誰にも正しいことは解らないし、大まかなことしか学べない。 管理人の考えの根拠になった情報も、確実に真実かは定かではない。 ただ、偏ったものの見方をせずに、別視点から物事を理解できれば これは自然と湧き出てくる疑問だと、管理人は思っている。
日本人は、全体的に自信の無い人間が多い(管理人もそうだが) だから群れるし、集団でいることに安心を覚える。 多数でいることが正しいと思い込み、そこから安心を見つけ出す。
常に正しく無いと嫌なくせして、その正しさそのものが 自分たちが否定している過ちや悪で作られていることをしらない。 奇麗事をだけを追い求めたり、信じるのは別にいいとは思うけど 絶対正義は無いことに早く気付くべきだとは思う。
無関心というのは論外として。
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8月13日(月)01:38 | トラックバック(0) | コメント(0) | 気になる話 | 管理
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